ほらあなブログ

ちょっと気になることを調べたり考えたりした記録

漫画『ルックバック』を読んだ感想。解釈や考察が議論っぽいものを形成するまで

こんにちは。私はわりとミーハーなので、話題になっているものが無料で見れるのであれば、とりあえず見るたちです。

『ルックバック』という読み切りがWEBマンガで公開され、Twitterで話題になっていたので、見てみました。

 

 

埋め込みができる!便利です。

 

トレンドを知ったきっかけは、ブロガー~アフィリエイター界隈で「本来の用途にそぐわない広告クリックは広告主にもメディア主にも迷惑をかける」と言及されていたことでした。

めっちゃすごい作品だから作者の先生に還元するためにも、応援で広告クリックしよう!みたいな呼びかけがあり、それはダメだよって指摘が入ってました。

応援と広告の関係については興味深いので、またどこかの機会で言及したいです。

 

さて、ジャンプラのアプリは今まで使ったことがありませんでしたが、SNSでシェアされているリンクから飛ぶだけでブラウザ閲覧できるので便利でした。

漫画作品の冒頭数ページ分のスクショがSNSシェアされていたのを事前に見ていたので、「才能の差とかコンプレックスを乗り越えて成長する系のストーリーなのかな」となんとなく予想しながら作品に入りました。

作者の代表作『チェンソーマン』については、タイトルは聞いたことがあったけれど、立ち読みすらしたことがありませんでした。なので作風とか前情報と関係なく一つの読み切りとして出会ったかたちです。

 

 カレンダー化するほど人気なのも知らなかった

 

感想。地方でもやれるし取り組んだ量は自分の通った道すじになる。理想のライバル像。

感想というものは、直近に自分がどんなものに触れてどういうことを考えたかに影響されるんだなぁと感じました。

私は、ここ数日SNSで話題になっていた、徳島からスタンフォード大に進学した方の記事が強く印象に残っていました。

そのため、地方在住でもめっちゃ量をこなして技術を高め、適度な距離感で切磋琢磨し合えるライバルとふれあい、本屋さんで技術書を入手したり情報を仕入れつつ取り組んでいけば、作品を世に出せるまでになるぞ!と勇気づけられました。

今からでも何か作ったり生み出したりしたくなりました。

 

ふと思い出したのが、地方の高校の運動部でめちゃ強い選手がいて、練習相手になる選手が身近にいないので大きな大会へ勝ち進んでもその先で伸び悩み、ついには運動部自体をやめてしまうことがあったという話です。

マンガとか物語ではなく、リアルなエピソードとしてこういうのがあるみたいです。

ライバルの存在って大事なんだなあと思います。

 

ライバルたいけつ!サトシVSシゲル!!

ライバルといえばポケモンの世界観が思い浮かびます

 

さて話が逸れました。

春夏秋冬、主人公がマンガを描きまくってる描写がありました。季節が過ぎるたび本棚に資料がどんどん増えていき、埋まったスケッチブックが次第に溜まっていく様子に気付くと、まるで間違いさがしをして答えが見つかったかのように感激しました。

あ~こういう描き込みで伝わるようになってるのか!すごい!ってなりました。

ライバルの家の廊下の両脇に積み上げられたスケッチブックも迫力ありました。

 

成功は、これまで取り組んだ積み重ねのうち一部分が見えてるに過ぎない、という図解を思い出しました。

成功は氷山の一角を図解したイラスト

via Sylvia Duckworth (@sylviaduckworth)

 

環境とか才能とかにやらない理由を探すのではなく、とにかく量をこなして突き抜けている描写が、私にとって刺さるものがありました。

主人公の子がライバルに対し「あ、こいつ凄い」と感じても、腐らないで猛追している部分もすがすがしく爽快です。

そもそも競い合うのではなくお互いの得意分野を尊重し合っているところがいいです。

こういう切磋琢磨し合うライバル関係を見たのが、久しぶりな気がしました。

 

特に、新人賞の結果掲載誌を、夜の雪道にズボズボ埋まりながら二人でコンビニまで確認しに行くシーンが気に入りました。

防寒対策バッチリで二人とも雪わらしみたいな格好になっているのがかわいい。

 

死のエピソードの扱いも含め、最後まで一気にページをめくらせる展開には脱帽です。

気付けば読み終えていました。

 

登場人物の心情の変化を丁寧に丁寧に描写した作品というものは、こんなにも心を動かされるほどの力があるのだと痛感しました。

純文学ってこういうことかと、この作品は小説ではないですが腑に落ちた感覚があります。心情の変化を描くことの素晴らしさを堪能しました。

 

感想や解釈、考察が議論っぽいものを形成するまで

感想がリアルタイムでシェアされる世の中です。

あーすごい作品だった。と自分の中で一区切りつけるもよし。

他の人はどう思ってるんだろうと覗きにいくのも、いまや作品の味わい方として醍醐味のひとつです。

というわけでTwitterで知らない人の感想をざっとチェックしました。

サジェストワードに「京アニ」が表示され、あーそっちで考察が深まっていくのねと観察。(19日17時頃は確認したと思ったのですが、19日20時時点では表示されませんでした)

社会事象と作品を重ね合わせるかどうかは読者にゆだねられています。考察も自由。それが発展して議論っぽいものまでいくと、うーんどうなのかなと思いますが、それもまた人々の心を動かしたということです。

別にただひとつの共通した考察にまとめあげる必要なんてどこにもないはずなのですが、Twitterはどうしても「RT数=支持され度数」のような見かけになりやすいのでしょう。

いつの間にか、みんなが同様にこう解釈するべきみたいな熱を帯びてくる不思議な世界です。

 

 

そうなってしまうのも、国語の読解問題などで「作者の考えを答えなさい」みたいな問いかけがあるからなのかな?と思ったりします。

作者の考えを想像するのも作品の味わい方の一つ。

でも読書感想文で謎の自分語りが始まるような、自分の経験とか考えとミックスさせて入り込んでいくようなのも、作品の味わい方の一つなんですよね。

 

余韻を糧に行動変容まで起こさせる作品、すげー!

というわけで、謎の自分語りをしたくなったので感想をブログに書きました。

『ルックバック』を読んで、自分だったら何にフルコミットしたいだろう…と考えました。

結果、文章を書きまくりたいことを再認識しました。

余韻に浸れるような文章、あわよくばツッコミを入れずにはいられないような文章を共有できたらいいなと思います。

「いやいや自分はこう思うんだ」と、RTや140文字を超えて長文アンサー記事が続々投稿されるような文章が書けたら。ブログの世界は変わるかもしれない。

 

 

 

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